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プレミアムであるために

2008年3月24日 Creatorsトーク

ヒット商品・サービスのキーワードのひとつに、昨年からさかんに「プレミアム」という言葉が登場します。
似たような言葉に、バブル時代「ワンクラス上の〜」という枕詞がありましたが、似て非なるもの。
今流行の「プレミアム」は、背伸びしてまで手に入れるというよりも、あと少しだけ値段を足せば、普通よりもがんばったいいものを提供しますよ、という感じ。
「ワンクラス上」のシフト感よりも、「プレミアム」はプラス感だと思っているのですが、みなさんはどうですか?

自分がまだ駆け出しだった頃、撮影現場で一緒になった若いスタイリスト君の言った言葉をいつまでも覚えています。

「年収300万の人間に、年収1000万の人に売る商品の世界観は出せない。 だから、無理してもなるべく一流の場所を見て回るようにしてる...」

デジタル処理でいかようにもイメージを創り出せる今日。それでも映像や写真では、「本物かそうでないか」がわかる人にはわかっちゃうんですよね。
それがコワイ。

先日亡くなられた日本映画の重鎮、市川崑監督は、映像を成立させるための照明に、とんでもなく時間をかけることで有名でした。
スタイリッシュな映像感覚は、金田一耕助シリーズしか観ていない人でも分かると思いますが、1960年代の作品を観るとぶっとびますよ、そのクリエイティブさに。
さらに市川崑監督作品は、女優に華を与えることでも有名でした。
1983年の作品「細雪」では、岸恵子、佐久間良子、 吉永小百子、 古手川裕子という当代きっての映画女優の競演が話題になりました。
この4人は姉妹の役なのですが、着物の着付けを教えていた母がいうには、
「岸恵子だけ所作のレベルがちがう!育ちが画面に出るのねぇ」
演技や撮り方では補えない本物の強さ、こわいですねー。

僕はといえば、まわりにいる人で景気のいい人はおりませんので、ついつい貧乏の心地よさに漬かってしまいがちです(笑)
先日貸してもらったコミック「聖☆おにいさん」は、立川のアパートをシェアして、リッチでない下界バカンスを送るブッダとイエスのゆるい生活を描くもので、ものすごくツボにはまりました!ぼけ・つっこみでなく、ぼけ×ぼけって感じの笑いが新鮮です。等身大のリアルなしょぼさがいい感じ。

貧乏のぬるま湯に浸かっていてはいけない!(笑)
ぼくらが作るWebサイトで扱う製品は、どれも一流ものです。
ここは先に書いたスタイリスト君の言葉を噛みしめて、作り手の意識を高めるために、打ち合わせは社内でなく、一流ホテルのラウンジへ行ってプレミアムな時間と空間の中で行いたいものです。コーヒー一杯でいいから!

written by Hidden:アイデアビューロー・Webチームのアートディレクター。

コメント

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  1. 01

    Posted by Kirin 2008年3月24日 15:19

    思わず出て来てしまいました。

    「年収300万の人間に、年収1000万の人に売る商品の世界観は出せない。
    だから、無理してもなるべく一流の場所を見て回るようにしてる…」

    これと同じ様なことを、まだデザイン系の学生だった頃に、
    恩師の学校長(元デザイナー)に言われたました。
    若い頃は、経済的に許される範囲で購入出来る物ならば、
    無理してでも「高級な物」を買っていました。
    デザイナーなりたての丁稚奉公時代は、年収100万なかったですしね。
    「一流を知る」ことって、その頃の課題の様なものでした。

    一時期、個人的にバブリーな時期を経験し、若い頃の10倍以上の年収を
    稼ぎ出していた頃もありましたが、生活はフツーでした(笑)
    現在、当時の半分以下の収入で落ち着きましたが、
    「リーズナブルな物をいかに高そうに見せるか・・・」
    または、「高そうに見えて実はリーズナブルな物を探し出すか」に・・・。

    歳とともに物欲も減ってきましたね。
    こだわる場所が「物」でなくなって来てる様で、
    デザイナーとしては、ちょっと危険信号です。

  2. 02

    Posted by Hidden 2008年3月24日 19:38

    Kirinさん>>

    ようこそ、お出ましくださいました(笑)
    反応してくださって、うれしいです。

    アウトプットの質をあげるために、
    上質のイメージソースを。

    デザイナーに限ったことではないですが、
    「一流を知る」ことで磨かれていく自分に、
    なけなしの金をはたいて、どん欲に吸収しようとしたこと。
    20代って、そのためにある時期のように思いました。
    もちろん、年相応に「一流を知る」モチベーションを
    持ち続けることは大切ですが、
    アウトプットに、蓄積されたイメージソースから熟成した
    自分のエキスを加えることも大切になってきますよね。

    商業デザイナーは芸術家じゃない!ってことは百も承知
    ですが、ただ器用に目の前の案件をさばくだけじゃ、
    勢いのある若手にかなわなくなってくると思うし。

    こだわるものが「モノ」でなくなる気持ち、同感です。
    歳ばかりでなく、世の中の流れでもあるように思います。
    カタチにすることがデザイナーではあるけれど、
    カタチにならない満足感を提供することも、仕事の一部に
    なってきていると思うし、それは生きていくうえでのテーマ
    だったりしますね。
    「足を知る」でなければ、差分を埋める何かを他人様に提供
    できないでしょうし…。

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